……え?

伶音くんは、私と理沙の後ろを見ていた。

呆然として振り返ると、垂れ目を大きく見開いた彼女が、戸惑っていた。

漆黒の髪に縁取られた顔は青白く、恐怖の色が混じる表情のまま、私と伶音くんを交互に見ていた。

「あの……でも……ええと」

「お願い! 来て!」

戸惑ってそこを動こうとしない市川夏芽を、有無を言わさぬ伶音くんが、その手を取って駆け出した。

彼女の手を、取って。

そのまま彼を追いたい衝動に駆られながら、震える脚を踏ん張って、彼らの行方を見つめる。

戸惑ったまま手を引かれて走る彼女と伶音くんは、他の走者より圧倒的に早く札が置かれていた位置に戻った。

札同様地面に置かれている紐で二人の脚を結ぶのだ。

手慣れた伶音くんは素早く彼女と脚を繋げると、その肩に腕を回し、走り出した。

まだ戸惑っているのか、市川夏芽の動きはぎこちなく、明らかに伶音くんの足を引っ張っていた。

しかし、それを彼が絶妙にカバーしながら確実に前へと進んでいる。

無様に伶音くんの腰にしがみついて、必死に脚を動かす市川夏芽と、彼女に合わせつつもスピードを維持する伶音くん。

私のものだったはずの居場所が、伶音くんの一番近くが。

今は、私以外の誰かのものだった。

半分呆然としながら、彼らの奮闘を見つめる。

やがて2人は、ゴールテープを切った。

ゴールした瞬間に伶音くんは紐を解き、笑顔で市川夏芽に何かを話しかけていた。

彼女はそれをろくに聞きもせず、友達に引っ張られてその場を去っていった。

起こった全てを、一部始終を見ていた私に、ボソリと誰かの声が届いた。

「女王様も形無しね。彼氏取られて、かわいそー」

発言の犯人を探す気力も無く、へたりこみそうになった私を、理沙が支えてくれた。

「柚姫、いこ」

彼女に体重を預けながらその場を立ち去るのが、その時出来る精一杯だった。