伶音くんが、スタートラインに立つ。

私は、ゴール地点の群衆に紛れていた。

隣には理沙。

固唾を飲んで、レースの進行を見守る。

ほかのレースよりも明らかにギャラリーが多い。

女の子たちが、明らかに伶音くんを見てざわめいている。

『好きな人』に選ばれることはなくても、あわよくば別の何かで指名されないかと。

そして、伶音くんに選ばれる栄誉を勝ち取る者を見届けるために。

レースでは、二人三脚と同様、二人の脚を結び、共に走ってゴールを目指すことになっている。

もし伶音くんが私を選んでくれたら、一緒に走り慣れている私なら、彼を一位に導けるはずだ。

伶音くんもそれを分かっているはず。

きっと、私を探してくれる。

そう信じていた。

私の立ち位置は、スタート地点から離れてはいるが、借り物の札が置かれている場所からは真正面に当たる。

一応、直ぐに見つけられるように集団の一番前にいる。

思惑があからさまになるのは気が引けて、札が置かれているそのすぐ近くにはいけなかった。

でも……でも……伶音くんなら……!

パァン!

空砲が鳴った。

私は両手を胸の前で組んで、祈るような仕草をとる。

どうか……どうか……伶音くんが、私を選んでくれますように。

勢いよく駆け出した伶音くんが、札の前で立ち止まり、目の前の札をめくる。

どくん、心臓が音を立てた。

緊張のあまり胸が締め付けられそう。

伶音くんの視線が、札の文字に落ちる。

数瞬、札を凝視していた伶音くんが、パッと顔をあげた。

その表情は、困惑したような、迷うような、そんな感じ。

その表情に、どんな意味が込められているのか。

鼓動が早くなる。

胸の前に組んだ手を、握りしめる。

理沙の手が、勇気づけるように背中に回された。

伶音くん、その札には、何が書いてあったの?

伶音くんは、困惑の表情のまま周囲を見渡すと、ある一点に視線が止まった。

その瞬間、私は伶音くんと目が合った様な気がした。

もしかして。

期待で胸が高鳴る。

観衆の声援の中でも、自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。

伶音くんが、こちらを真っ直ぐに目指して駆けてくる。

困惑しつつも、真剣な顔で。

一歩、一歩。

永遠に感じる一瞬。

グラウンドをいっぱいに満たす歓声やざわめきが、遠くへ聞こえる。

感じるのは、強く存在を主張する私の心臓と、私へ向かってくる伶音くんだけ。

もうすぐそこへ迫った彼に一歩踏み出す。

「伶音くんーーーー」

「ごめん、市川さん! 一緒に来て!」