パァン!
体育委員の撃ち鳴らした空砲が、空気を揺らす。
一瞬の間も開けず、真っ先に駆け出したのは伶音くんだ。
他者の追随を許さぬスピードで、200mの、トラック半分を駆け抜ける。
ゴールを目指す彼にかけられるのは、全女子生徒の黄色い声援だ。
普段は私やその取り巻きが睨みを聞かせているので、伶音くんに接触できない女子たちが、ここぞとばかりに声を上げているのだ。
滅多にない、好きなだけ彼を見つめるチャンス。
私だって、徒競走で活躍する伶音くんにかけられる声援まで規制するつもりはないが、しかし隠れファンがあまりにも多いことに辟易すると共に、危機感を覚えていた。
数は脅威だ。
それだけで、充分に私に抵抗しうるアドバンテージになる。
本人達がそれに気が付かなければいいが。
まあ、私に楯突こうとしたところで、最早足元をすくわれないほどに私の基盤は厚いのだが。
そんなことを考えていると、一際大きな悲鳴が上がった。
伶音くんが、ぶっちぎりの1位でゴールテープを切ったのだ。
野次馬は口々に彼を話題に上げている。
だが、彼女らに出来るのはここまでだ。
私は、走り終えた伶音くんの元に駆けてゆき、タオルを差し出した。
「伶音くん、お疲れ様」
野次馬の視線が集まっているのを感じながら、彼に微笑みを向けた。
「柚姫! ありがとう」
うっすらと汗をにじませた伶音くんが、笑って私のタオルを受け取る。
そのやりとりはあまりにも自然だ。
だって、いつも部活で同じことをしているのだから。
伶音くんはなんの疑問も持たない。
観衆の前で、私は優越感に浸る。
「でもなんか、部活でもないのに、ごめんね?」
「いつものことよ、気にしないで。それに、この間のお礼」
「この間?」
伶音くんは首を傾げて見せる。
「練習の時、スポーツドリンクをプレゼントしてくれたでしょう?」
「そんなこと、覚えてたの?」
「嬉しかったのだもの」
目を丸くした伶音くんに微笑んだ。
ふたりきりで二人三脚の練習をしたのも、こうしてみんなの前でも二人だけで話すのも、私にとって特別な時間だ。
誰にも遅れは取らない。
だけど、私は気づいていた。
集団の中に居る、市川夏芽に。
他の子と違い、伶音くんに声援を送るわけでも、野次馬として私たちの会話に聞き耳を立てているわけでもない。
だけど、友人とともに確かにそこに居て、そして確かに私達を視界に入れていた。
不安だった。
今、伶音くんの一番近くにいるのは私なのに。
伶音くんが一番よく見ている女子は私なのに。
不安で胸が痛む。
「……」
その後、伶音くんは次の競技の集合があると言ってその場を去っていった。
取り残された私は、観衆に向かって、せめて不安を振り払うように。
勝ち誇った笑みを向けた。
体育委員の撃ち鳴らした空砲が、空気を揺らす。
一瞬の間も開けず、真っ先に駆け出したのは伶音くんだ。
他者の追随を許さぬスピードで、200mの、トラック半分を駆け抜ける。
ゴールを目指す彼にかけられるのは、全女子生徒の黄色い声援だ。
普段は私やその取り巻きが睨みを聞かせているので、伶音くんに接触できない女子たちが、ここぞとばかりに声を上げているのだ。
滅多にない、好きなだけ彼を見つめるチャンス。
私だって、徒競走で活躍する伶音くんにかけられる声援まで規制するつもりはないが、しかし隠れファンがあまりにも多いことに辟易すると共に、危機感を覚えていた。
数は脅威だ。
それだけで、充分に私に抵抗しうるアドバンテージになる。
本人達がそれに気が付かなければいいが。
まあ、私に楯突こうとしたところで、最早足元をすくわれないほどに私の基盤は厚いのだが。
そんなことを考えていると、一際大きな悲鳴が上がった。
伶音くんが、ぶっちぎりの1位でゴールテープを切ったのだ。
野次馬は口々に彼を話題に上げている。
だが、彼女らに出来るのはここまでだ。
私は、走り終えた伶音くんの元に駆けてゆき、タオルを差し出した。
「伶音くん、お疲れ様」
野次馬の視線が集まっているのを感じながら、彼に微笑みを向けた。
「柚姫! ありがとう」
うっすらと汗をにじませた伶音くんが、笑って私のタオルを受け取る。
そのやりとりはあまりにも自然だ。
だって、いつも部活で同じことをしているのだから。
伶音くんはなんの疑問も持たない。
観衆の前で、私は優越感に浸る。
「でもなんか、部活でもないのに、ごめんね?」
「いつものことよ、気にしないで。それに、この間のお礼」
「この間?」
伶音くんは首を傾げて見せる。
「練習の時、スポーツドリンクをプレゼントしてくれたでしょう?」
「そんなこと、覚えてたの?」
「嬉しかったのだもの」
目を丸くした伶音くんに微笑んだ。
ふたりきりで二人三脚の練習をしたのも、こうしてみんなの前でも二人だけで話すのも、私にとって特別な時間だ。
誰にも遅れは取らない。
だけど、私は気づいていた。
集団の中に居る、市川夏芽に。
他の子と違い、伶音くんに声援を送るわけでも、野次馬として私たちの会話に聞き耳を立てているわけでもない。
だけど、友人とともに確かにそこに居て、そして確かに私達を視界に入れていた。
不安だった。
今、伶音くんの一番近くにいるのは私なのに。
伶音くんが一番よく見ている女子は私なのに。
不安で胸が痛む。
「……」
その後、伶音くんは次の競技の集合があると言ってその場を去っていった。
取り残された私は、観衆に向かって、せめて不安を振り払うように。
勝ち誇った笑みを向けた。