「柚姫、真ん中から行くよ。せーの……」

いち、に、いち、に。

伶音くんの掛け声に合わせて、交互に脚を出す。

体の左側が彼と密着し、そして腕を組んでいる。

いち、に、いち、に。

触れ合った箇所が、熱を持っている。

ふわりと香るのは、いつかと同じ、伶音くんの香り。

私の肩を掴む伶音くんの大きな手を感じる。

少しだけ視線を上に向けると、すっきりした顎も、形のいい唇も、赤く上気した頬も、高い鼻も、大きな瞳も、全部見える。

全身が熱い。

心臓がどくどくと、うるさいくらいに暴れているのは、運動をしているからという、それだけでは決してない。

頭が沸騰しそうだ。

いち、に、いち、に。

ゴールの目標が目前に見えてくる。

このままずっと、こうしていられたらいいのに。

ゴールなんてしたくない。

このまま、永遠に、伶音くんの一番近くにいたいーーーー

「おつかれ、柚姫」

しかし、幸せな時間は呆気なく終わりを迎えた。

伶音くんは二人の脚を結んだ紐を解きながらいった。

「しばらく走りっぱなしだったし、疲れたでしょ。柚姫、顔真っ赤だし。休んでなよ」

今、私と彼は体育祭の二人三脚の練習をしていた。

時刻は7時。

バスケ部が終わってからの練習だ。

野球部のためのナイター設備がまだ灯っているお陰で暗くはないが、部活の後だ、疲れているのは伶音くんの方の筈だろう。

「まだ、疲れてなんか……」

声をかけてくれる伶音くんに反発する。

もう少し、一緒にいたかった。

「マジメなのはわかるけど、適度に休憩も挟まなきゃ。怪我したら元も子もないだろ」

伶音くんが、私の頭にポンと手を載せた。

これ以上ないほど熱かった体が、更に温度を増す。

一体伶音くんは、どういうつもりで私の頭を撫でるの?

このままこうして彼と居たら、体が溶けてしまうのではないだろうか。

「だから、柚姫はそこで座って休んでて。俺、飲み物買ってくるから」

背中を向けて走り去る伶音くんを見送ると、私は地面の上にハンカチを敷いて、座り込んだ。

運動に慣れておらず疲れているのも本当だし、伶音くんと密着し過ぎて心臓が持ちそうになかったのも本当だった。

胸元をパタパタと動かして、服の中に夜の空気を誘い込む。

まだ、心臓はバクバクと暴れている。

私達が二人三脚のペアに選ばれてから1週間。

あの日から毎日、昼休みと部活が終わったあとにこうして一時間ずつの練習をしていた。

最初の頃は運動不足の私がかなり足を引っ張ってしまっていたが、今ではまともに走れるようになっていた。

今までにないほど、伶音くんの近くにいる。

それが嬉しいのと同時に、未だ胸の奥に巣食う小さな不安を、その喜びで必死に押し隠していた。

そう、あの日初めて市川夏芽に会った日から、時折私の胸は不安で痛んだ。

なんの根拠もないのに。

あれから、市川夏芽と伶音くんが接触したという報告は一切受けていない。

彼女が伶音くんを話題に上げることもないそうだし、噂もしっかりと耳に届いている様だ。

それなのに、今こうして彼の一番近くにいるのは私なのに、不安は消えないままだ。

「ダメよ、忘れよう」

小さくつぶやくと、不安をかき消すように首を振って、立ち上がった。