《8月9日》


 キッカケなんて案外、軽いものなんだと思ったのは、8月9日のこと。軽快な通知音と共にスマートフォンの画面に映し出されたのは、「地元に帰ってきたよ」というメッセージだった。


―――ああ、そういえば、前に遣り取りした時に言ってたっけ。


 ベッドの上で転がったままで指を画面に滑らせる。差出人は『仁科 一瑳(にしな かずさ)』、私の通う剣道場に時々来る先生の息子だった。彼は県外の体育大学に通う3回生で、以前、稽古会か何かの時に偶々連絡先を交換したものの殆ど連絡を取り合うことはなく、何となくアドレスを残したままにしていたが、2ヶ月程前に私が酔って連絡を取った。
 

 その当時、仕事で理不尽なことを言われる毎日に嫌気がさして、滅多に口にすることのないお酒を飲んでいた私は、酔いに任せてかなり過激で卑猥な話を遣り取りしてしまったらしく、翌朝、メッセージを読み直して自己嫌悪に陥った。