兄の帰還は壮大に行われた。

湖を挟んで南の隣国バルバロッサと貿易を正式に取り決めてきたのだ。
巷ではそこから正妻を貰うのでは、と噂にまでなっている。

街は朝から大騒ぎで昼間から活気のあるバザールが開かれていた。
皇太子レイチェルのパレードを一目見ようと、若い女はここぞとばかしにやってくる。また、彼の政治的態度も国民から好まれているため、恩返しとばかりに今日は賑やかだ。

私も、今日は正装であるコルセットに身を包んで、王族とともに王宮で兄の到着を待つことになっている。

「まあ、女なのにお固い本なんて読んで。まるで男みたいね」

従姉妹のアリス。私を見ると、いつも嫌味を言ってくる。
だから私も言い返すことにしている。

「五月蝿い。アンタこそ、今日は化粧臭いって」

「これは香水と言うのよ!ま、貴女とは一生無縁だと思うけれど」

お洒落が好きな彼女は、私とは正反対の部類。街で新しい香水や気に入っているブティックの服が発売されれば、直ぐに取り寄せてその日のうちに試している。まさに流行の最先端。

そして嫌味を言い合う仲なのに、何故か私のところにやってくる。別に苦痛って訳でもないからいいのだが。



「私も化粧はたしなみ程度に出来るってば。 で、何持ってるの」

ふと彼女を見ると目に付いたのは茶色の小さな紙袋。さっき彼女がこちらへ来るときにゴソゴソと無機質な音が聞こえた。しかもいい匂いがする。

「クッキーを焼いたのよ!レイチェル様に食べて貰いたくって」

飛び跳ねながら答える彼女。アリスがレイチェルを好きなのは、誰が見ても分かること。しかも多分、兄はこのことを知っている。知っていて、気
付かないフリをしている。

「へえ、アリスって料理出来るんだ」

ちょっと意外だった。王族は皆自分から厨房に立たない。

「アンタにはあげないわよ、絶対」

強く私を睨む彼女。せっかくの可愛い顔がこれじゃ台無し。
何でこんなに、私と兄とじゃ天と地の差があるの。

「レイチェル様の妹様には優しくしてくれないのね」

皮肉混じりにそう返したが、会話は直ぐに蹴られた。

「当たり前じゃない。あっ!レイチェル様よ!」

馬に乗り王宮の門を潜ってきた兄や近衛兵の一行。
私たち王族や衛兵、執事。その他王宮で仕事をしている者達が一斉に彼の帰還を出迎えた。