「行ってくる」
豊の声がいつもと違う。
豊も怖いの?
「誰が来ても鍵は開けるなよ」
「わかってるよ」
あたしは豊の背中に手を回した。
「日が明ける頃までには戻ってくる」
「約束だぞ」
「あぁ」
「絶対に帰って来いよ。病院で会うなんて嫌だからな」
あたしの言葉に答えるように豊はあたしの唇に自分の唇を重ねた。
柔らかくて、煙草の匂いが香る豊の唇。
唇が離れるのと同時に豊の体があたしから離れていく。
あたしはもう一度豊を掴もうとしたけど、この手からスルリと抜けて掴めない。
豊はそのまま何も言わずに部屋を出て行った。
バタンと大きな音を立てて閉まるドアが豊からの別れみたいに思えて涙が止まらない。