私と涼がその凛とした空気をまとった啓太と出会ったのは、中学3年の始業式。

もう3年生だし、「受験」という二文字が重くのしかかってくる学年だけど、春の陽気や新しいクラスのそわそわした雰囲気に飲み込まれて「まあ、本格的に受験の事はあとで考えればいっか」なんて思っている時だった。

「はよーっす」

朝のHRが始まる3分前に元気良く教室に入ってきたのは幼馴染の佐久間涼。
そこまで背が高い訳じゃないけれど、体つきはしっかりしていて、短髪の下にはクリっとした大きな目に大きな口。
ニコっと笑うとベビーフェイスになるものだから学校だけではなく、うちのマンションの中でも人気がある。今日は、ものすごい汗をかいているから、いつものように遅刻しそうで走ってきたのかも。
新しいクラスだっていうのに、変わらずな所は涼らしいな、なんて考えていると、あれよあれよという間にたくさんのクラスメイトに囲まれてしまった。

「涼くんと一緒のクラスになれて嬉しい! 1年間よろしくね!」

「涼と同じクラスって煩そうだわー、あんま騒ぐなよ」

「涼—! 無事に進級できたんだな‼ 俺、心配してたんだぜ?」

まるでスポットライトが当たっているかの様にキラキラした世界の主人公。
私も割と元気な方だけど、さすがにあそこまでじゃないわ。幼馴染の輝きをぼーっとみていると、目があった。

「よっすー灯! 同じクラスだったんだな! ラッキーラッキー! またイロイロと、よろしくな!」

そう。私と涼は同じマンションという事もあり、幼稚園から今にいたるまでずーっと一緒に過ごしている。
腐れ縁ってやつ? 
涼はこんな感じでチャラチャラしているから、いつも私が宿題を見せたり、忘れ物がないかチェックしたり、まるでお母さんみたいな事をしている。
きっとさっきの「イロイロ」ってのも、この事を指しているんだろう。

「はいはい、わかったからさっさと自分の席に戻んな」

「へいへい、灯かあちゃん〜」

くしゃっと崩した笑顔を見ると、自分の母性本能が働いてしまうのが不思議だ。
迷惑しか、かけられていないはずなのに。


「ほらー、席につけー。今日は始業式もあるし、ちゃっちゃとやるぞー」

そう言って教室に入ってきたのは白衣を着た梅原先生。
細身ですらっと背も高いので、割と生徒の中では人気がある。
少しだけ、女子の体温が上がっている気配がするけれど、私は2年生の時も梅ちゃんが担任だったからなんだか新鮮味がナイなーなんて思っちゃう。
ちなみに数学担当なのになぜ白衣を着ているかというと、単にスーツにチョークの粉が付くのが嫌で着ているんだ、と以前質問した時に教えてくれた。

あー、今年もまた梅ちゃんが担当かー。なんて考えていると、前の席の女子が振り返って
「ね、ね、田所さん、梅原先生が担任とかちょっと嬉しいね」
なんて満面の笑みで話しかけてきた。彼女は確か、2年生の時に隣のクラスだった石川さんだ。

「そうかなー。私2年の時も梅ちゃんが担任だったから逆に新鮮味がないというか、なんというか……」

「あ、そうなんだ? いいなー、2年連続で梅原先生! あ、ごめんね、突然話しかけちゃって。私、石川。石川ゆかりです。田所さんは有名だから一方的に名前を知ってたんだけど、私の事知らないよね」

照れながら自己紹介をしてくれた石川さんは、なんだか女の私からみても庇護欲を掻き立てられるような様子で。
お目めがくりくりして、全体的に柔らかそうだ。

「そんな事ないよ、名前、知ってる」
と答えると、嬉しさのあまりかオーバリアクションをするものだから、早速意中の梅ちゃんから
「こら、石川、初日くらいちゃんと俺の話を聞いてくれよ」なんて怒られた。
石川さんと話していて私もまったく梅ちゃんの話を聞いていなかったけれど、どうやら今日は転校生がくるらしい。
今度は男子もざわざわしている。
こんな時期に転校なんて大変というか、また友人関係構築するの辛いよね。なんて、名も知らぬ転校生に同情しちゃう。

「静かにしろー。ま、もうそこに来てもらってるから紹介しちゃうわ。桂、入って来てくれー」



――そうして、桂こと啓太と、涼と、私の物語がこの時始まった。