そこに、しま子が、いた。


 硬質な赤い皮膚と、邪に染まった大きな目。


 全身を覆う隆々とした醜い瘤と筋肉。頭上を飾る太いツノ。


 それはあたしが良く知るしま子の、もうひとつの真の姿。


 ……いや、まさか。そんなはずない。


 しま子がここにいるはずない。


 だからこれはきっと幻覚だ。それか他人の空似。いや、他鬼の空似。


 ぬか喜びしちゃダメだよ、あたし。


 って自分に言い聞かせて、幻覚を振り払おうと両目をゴシゴシしてみたけど……。


「…………」


 やっぱり、いる。


 なんど目を凝らして見ても、いる。


 ほんとに、ほんとのホントの本当に、目の前にしま子がいる。


「グギャアァァ――!」


 しま子の体から禍々しい瘴気が立ち昇り、鋭いキバを向く口からは、おぞましい怒声が聞こえる。


 血走った両目でギロリとこっちを睨みつけているけど、襲いかかってくる様子はない。


 しま子の足元には、すごく緻密な模様の術陣が光り輝いている。あれはたしか高度な呪縛陣だ。


 あれがきっとしま子の鬼神の力を抑えて、あの場所に足止めしてるんだ。


「? ? ?」


 人間って、あんまりにも強烈な出来事が自分の身に起きちゃうと、機能停止に陥るらしい。


 あたしの脳も心も神経も筋肉も、片っ端からエラー音を発してる。


 自分の感覚が信じられないせいで、せっかくの再会なのに喜びの感情ひとつ湧いてこない。


 まるで起動前のロボットみたいにボケッと立ち尽くして、しま子の姿をひたすら見つめるだけで精一杯だ。


 なんで?


 なんでしま子が、ここにいるの……?


「連れてきたんだ」


 ハッと我に返ると、門川君が虚ろな目でこっちを見ている。


 彼の艶やかな黒髪はボサボサに乱れ、死人みたいに血の気の失せた顔は汗びっしょり。


 おまけに目の下にはイレズミみたいなドス黒いクマが浮かんでるし、唇から胸元は真っ赤な血でベットリ染まっている。


 今にも途切れそうに弱々しい呼吸を繰り返す門川君の状態を見て、ようやくあたしの起動スイッチがカチリと入った。


 うわ! 死にかけてる! これ以上ないくらい豪勢に死にかけてる!