「はい。『私を裏切ったら、あなたの醜い秘密が暴露されるだけでは済みませんよ?』と……」


 たしかに、地味男がその程度の罰で裏切りを見過ごすはずがない。


 小浮気一族は、蛟一族の支援のおかげで上位の地位を保っていられている。地味男を裏切れば、その支援は打ち切られてしまうだろう。


 戦闘能力のない一族がいきなり放り出されて、どうやって身を立てていくのか。一族は滅んでしまうかもしれない。


「門川当主様は、私も一族も成重様から守ると約束してくださいました。でも私は、自分の中の恐怖心に負けてしまったのです」


 小さな声で話す水園さんは、すっかり疲れた表情をしている。


「どす黒く濁った物に、常に足首をつかまれているような気がしていました。どこにいても、なにをしても、絶対に離れてくれない恐ろしい存在が、私を破滅させるために足元から薄笑いを浮かべて、じーっと私を見上げているのです……」


 恐怖は、人の正常な心を蝕む。


 いくらでも膨れ上がる不安は、魔物と同じだ。心に巣食う魔物は自分を追い込み、傷つけて、簡単に楽になれる方へと誘う。


「私は成重様の指示に従い、水絵巻を持ち出して庵から姿を消して、あの水底へ向かったのです」


「ではあの手鏡の伝言は、お前の時間稼ぎじゃったのか?」


『門川当主と自分は、みずからの意思で姿を消した。だからどうかそっとしておいてほしい』


 あの手鏡に込められた伝言で、水園さんはそう言っていた。