……やっぱり、いた。


 予感はしていたから、さほど驚かなかった。


 天上の月から一本の細い白銀色の光線が、真っ直ぐ下に向かって降りている。


 その光線は光の粒ひとつひとつが意志を持つように、キラキラと瞬いていた。


 白銀色の光に照らされて闇に浮かび上がる人の、例えようもない面立ちの美しさ。


 まるで作り物のような、この世の物ならぬ妖しい光景を醸す彼女の膝元には、金色に輝く水絵巻があった。


 神秘の月光は水絵巻に直接吸い込まれていく。


「水園!」


 クレーターさんが娘に向かって呼びかけた。


 悲しみの色濃く宿る表情で、水絵巻に月光が吸い込まれる様子を見守っていた水園さんが、ハッと顔を上げる。


「父上様、いけない! ここへ来てはなりません!」


 泣き声と、わずかな言葉以外では、それが初めて聞いた水園さんの生々しい声だった。


「お願いです! どうか今すぐ、ここから立ち去ってくださいませ!」


「なにを言う水園! 去るというならお前も一緒だ!」


「いいえ! どうか私のことは、お捨て置きください!」


 そう言って顔を背けて唇を噛む水園さんに、クレーターさんは叫んだ。


「いったい、なにがあったのだ!? あの蛟の男はお前になにをした!? お前はなにをさせられているのだ!?」


「…………」


「水園! すべて私に話しなさい!」


 綺麗な流線型をした水園さんの眉が、ピクピクと苦しそうに歪んでいく。


 血が出るんじゃないかと思うくらい強く噛んだ唇から、ひと言、声が漏れた。


「復讐……です」