「あたし、そんなお人好しじゃありませんから!」


 勢いに任せて、あたしは立ち上がった。


 手の平に爪が食い込むくらいコブシを強く握りしめ、両目をギューッと瞑って叫ぶ。


「門川君なんて、もう知らないよ! あたしは戻る! 門川君はこのまま、したいようにすればいいんだ!」


 頭の中と心の奥のモヤモヤが、勝手に口からポンポン飛び出してきて止まらない。


 つらい感情を体からひとつ残らず吐き出して、少しでも早く楽になってしまいたかった。


 でも……ぜんぜん楽にならない。


 吐き出せば吐き出すほど、心の中は蓋を開けた瞬間の炭酸飲料水みたいに、ジリジリと焼けるように痛む。


 理由は、自分でわかってる。


 あたしいま、死ぬほどカッコ悪い、ワガママなこと言ってる……。


 あたしの役目は、言ってみれば、世界の命運を握っている国家代表要人付きのSPみたいなもんだ。


 そのSPが、やれ『アイツのやってることムカつく~』だの、『アイツが他の女に目移りした!』だのって理由で、自分の務めを放棄しようとしている。


 ……アホかって思う。甘ったれたお子ちゃまかよって。


 ガキじゃあるまいし、まともな頭してるなら自分の務めの重さを認識して、やるべきことをやれって思う。


 思うから、わかってるから、つらい。


 正しい道のその先には、耐えられないほど大きな苦しみが待っている予感がする。


 その予感が正しかったら、あたしは正しい自分であるために、わざわざ自分で自分の首を絞めなきゃならない。


 現実から目を逸らさずに受けいれることが……怖い。つらい。勇気がない。


 門川君のことがこんなに好きで、世界で一番大切だから……不安で不安で勇気が持てないの。


 だからあたしは門川君の行為を責めて、自分がここから逃げ出すための理由にしているんだ。


 ……カッコ悪い……。