「…泣かないで。」

 そっと伸びてきた指が、ひかりの目から落ちた雫を掬い取る。思い出のレオくんはそんなことをしてくれなかったけれど、レオくんにそんなことをしてあげた記憶はある。

「昔と逆だね。昔は僕、よく泣いてたから。」

 そう言って笑う顔は幼くて、余計にレオを思い出す。

「ひかりちゃんは泣き虫になったんだね。」
「ちがっ…今、混乱してるだけ…でっ…。」
「そっか。…じゃあ早く泣き止むように、頭なでなで。」

 指先から伝わる優しさがしみる。今日も疲れた。昨日だって疲れている。それに、本当はショックだった。もう生で曲を聴けないことも、テレビでライブで見れないことも。それなのに今、目の前で自分を慰めているのがあの冬木レオンだなんて、どうして信じられるというのだろう。

「ひかりちゃん。」
「なんですか?」
「…僕と結婚してほしい。」
「へ…?」

 間抜けな声が出たのは知っている。しかし間抜けな声しか出ない。

「僕はあの頃からずっと、ひかりちゃんが好きだから。」

 突然始まった意味不明の告白に、ひかりの顔は熱くなる。意味不明すぎる。突然現れて、結婚?好き?そんなの漫画だけだ。あり得ない。そんなものに夢を見るほどもう若くない。

「レオくん…ごめん、意味が…。」
「そ、そうだよね。ごめんね。でも、僕がここに来たのは、これを言うためだから。」

 あまりにも曇りのない眼差しに押されそうになる。綺麗な瞳がじっと自分を見つめている。その瞳に自分が映るくらいには真っ直ぐに。

「僕のマンションに引っ越さない?まずは一緒に暮らして僕を知って。ひかりちゃんのことも知りたい。教えて?」

あり得ない提案だ。そんなのに頷くのはどうかしている。わかっている。