冬木レオンは礼儀正しかった。靴をきちんと揃え、お邪魔しますと口にしてから部屋へ入った。視線を彷徨わせて、クッションの上に腰を下ろす。

「部屋あったまるまではコート着ててください。狭いからすぐあったまるけど、…身体の芯まで冷え切ってると思うから…。お風呂の方がよければお風呂も…。」
「僕、体温高いから大丈夫だよ。ていうかひかりちゃんはなんで敬語なの?」
「だ、だって…そりゃ…!」

 好きなアーティストが目の前にいて、いきなりタメ口で話せるほど神経は図太くない。むしろ、今もいっぱいいっぱいだ。

「冬木レオンが好きだから、だよね。」

 好き、と言われてかぁっと顔が熱くなるのを感じた。そういう意味の好きではないと思っているし、わかっているのにこれだから困る。

「…ねぇ、ひかりちゃん。僕は君に会いに来たんだよ。」
「え?」

 冬木レオンが一ファンであるひかりを知っているはずがない。だから、辻褄が全く合わない。

「冬木レオンとしてではなく、柊木怜音(ひいらぎれおん)として。10年前、ひかりちゃんにたくさん遊んでもらったレオって子、覚えていない?」

 そう言われて、欠けていたピースがはまった気がしてしまった。忘れられない思い出の子、何となく冬木レオンに似ていると思っていたあの子が脳裏に鮮明に蘇る。

「レオ…くん?」
「うん。ひかりちゃん。」

 笑った顔がシンクロした。記憶の中のあの子と。薄れていたはずなのに、なんだか突然鮮明に蘇っては心を揺さぶった。ひかりちゃんと呼ぶ声は低くなったのに、同じ笑顔を向けるから不思議と泣きそうだ。
 グレーの瞳が瞬きをした。あの眼の光をよく覚えている。彼の目は、優しい色をしていた。その瞳が目の前にある。とても優しくこっちを見ている。

「レオくん…だ…。似てるって…懐かしいって思ってたけど、勘違いじゃなかったんだ…。」

涙が右目からこぼれ落ちた。