「え?」
「理解出来ないのも無理はないよ、だって誰も知らないことだし、とんだ非日常な事だからね」
そう言ってから、武田君は私の目をじっと見つめた。
「今から言うこと、信じられる?」
その瞳を見ただけで、真剣でしかもそれが
事実なんだろうなってことまで分かる。
なんだか、信じられる?って星哉にも
言われた気がする。
「入れ替わってたんだよね? 非日常な事しか今起きてないから信じるしかないかな」
だって、変なことを言い出しても無理はないよ。
今、確実に私の回りの世界はおかしいから。
「この病院にはある言い伝えがあるんだ、この病院の六階に入院して死んだもののうち、望む人がいれば少しの間だけ別の人になって生きることが出来る」
また見つめられた目にパズルのピースが埋まる音がした。
最後のピース。
「武田君は星哉の弟で、この六階に入院し死んだ。だから、望んで別の人になって生きた。それが、武田優翔っていう人?」
「そういうこと」
「なんで、生き返って武田君になったの? やりたいことがあったの?」
「兄貴と、バレーしたかったんだ」
「星哉と、バレー……」
「もともとの俺の名前は唯斗って言うんだけど、優翔と似てるだろ? 兄貴は、何回も名前を呼び間違えたんだ」
「唯斗、って?」
「ああ、嬉しかった」
その無邪気な笑顔は、幼く死んだ唯斗君のもので
星哉を想って呼ばれる兄貴って言葉が
幼く響く。
ここにいるのは、星哉の弟である唯斗君だけだ。
「バレー、セッターやってて兄貴のトスを上げると少しの間だけ浮いてる感じがした、兄貴は病気がちだった俺に夢をまた見せてくれたんだ」
「そうなんだ……」
いつか、武田君が教えてくれたリベロのすごさ。
あれの奥には、兄への想いが隠れてた。
「兄貴と俺は、結構似てた。好きな人まで似るとは思わなかったけど」
「武田君……」
唯斗君なのを忘れて、つい呼んでしまう。
「ねぇ、最後だから手伝って、見ての通り心残りがあって成仏できないみたいなんだけど」
ニヤリと笑われた顔には言いたいことが
ありありと浮かんでた。
……こいつら兄弟は策士か?
「もう……! 分かったよっ」
目の前の星哉によく似た顔に、
星哉を思わせる体つきに。
抱きついて、思いきり顔を近づける。
……やっぱ、無理。
「ごめん、いくら弟でもキスは無理……」
耳元にそっとよった口は静かに動いた。
「おにいちゃんは幸せになるな、よろしく頼むよ向日葵」
目を見開いた私の前にほぼ消えかけの武田君。
「ありがとう、俺、生き返って良かった」
そう言われた言葉を最後に、
腕の中の感触は消え去った。
「行っちゃった……」