「でも、なんで死ぬの?」






「分からない、向日葵?」





うん、分からない。



筋肉が硬化するというのは、
歩けなくなるとかそのくらいの影響だと
思ってたから、
寿命という桁違いの話に少し混乱した。






「心臓も、筋肉だろ? 筋肉が動かなくなっていく病気なんだからさ」





心臓も筋肉。
その言葉がリアリティーが欠けた言葉となって
聞き流されていく。





そうか。




筋肉、なんだ。






心臓が、筋肉じゃなきゃ死ななかったのかな。
心臓が筋肉じゃなかったとしたら、
星哉は助かったんだ。




こんなこと嘆いたってしょうがないのに、
たった今から、心臓が筋肉であることが
何よりも恨めしくなる。 







「コミュニケーション、嚥下困難、運動、呼吸の四つの障害のいずれかも起きるんだ」  




専門用語に理解は追い付いていないけど
それでも、言い言葉じゃないことくらい分かる。





分かるものだって、
コミュニケーション障害に運動障害、呼吸障害。
十五六の小さな体で受け止めるには
まだまだ大きすぎるものだった。







……でも、それを星哉はいずれ
小さな体で背負うことになるのだ。
それは、誰にも変わることは出来ない。









「それって、どうなるの?」





聞かなきゃいいことを
言う方も言われる方も辛いことを
聞き返してしまった。





言ってから反省するけど、もう遅い。




 
 

「またゆっくり話すけど、話せなくなったり、動けなくなったり」





深く聞いちゃうと、その分病気の怖さが
身に染みてきた。




星哉の前には
高い高い壁が立ちはだかっている。
そして、同じように私の前にも高い壁がある。






星哉に比べれば低いけれど、
どうしても私にとって高い壁。






ああ、ダメだ。







頼りない、そしていつまでも不甲斐ない
彼女でごめんね、星哉。








「ごめん、受け入れるのに時間がかかりそう」







そう呟いた自分の声が弱々しく聞こえた。
実際、相当弱々しかったに違いない。





やっぱり私じゃ、星哉の彼女に向いてないんだろう。
臨機応変に対応することさえ、出来ないのに。
それで、見合うなんて笑えてしまう。








「向日葵になら少しくらい、時間はあげられる。たくさん考えたり整理していいから。それで出来れば俺としては早めにここに戻ってきてほしい」







「そんなんで……いいの?」 





なんて、優しいんだろう。
こんな何も出来ない彼女に大して、
待つことなんて出来るんだろう。






その優しさが、かえってつらいけど、
それに勝るくらい、嬉しい。






彼はにっこりと笑った。








「いいよ、でも……」










「本当に、早く戻ってきて来てほしい、もう時間がないんだ」







コツン、と私の肩に乗った頭は軽かった。




人に頑張っているところを見られたがらない
星哉が、こんなに弱い姿をさらけ出している。
本当は、自慢しているように見えて
その奥に隠していた暗い色をしたモノが
今では見え透いてしまっていた。






彼の抱えてきた苦労の数々に
押さえ込んできた感情。





分かるなんてそんな大それたこと
言えないけど、私には分かることがある。





私は、私だけは。
本当に全世界が君の敵になっても
君のそばから離れることなんてきっと出来ない。





「分かった」







目には、もう零れそうなくらい涙が溜まっていて
油断すれば溢れそうだった。




振り返って、大丈夫だと伝えたかったけど
泣いたかおで言ったって説得力はないだろう。






これから先の二年が怖くてしょうがないっていう
思いだって分かられてしまうに違いない。





「じゃあ、戻ってくるから」




「うん」




短い返事を聞き取ったや否か
私はすぐそばの階段に全力疾走した。









どうしよう、どうしよう。






私は、どうなるのだろうか。






彼を、助けられる? 






側にいられる?





彼女として、やれることをやってあげられる?

   




ああ、分からない。





階段を下りながら、溜め息をつく。








私の、彼女としての程度が






これを機に、試されている気がした。