「……何だ。もう俺に会いたくなったのか?」

「何だ、じゃないわよ。プライベート関係ではなくて、“仕事”でアナタに頼みたいことがあるの。」



 強調した言葉に対し、声を抑えてクスクス笑う婚約者。母国語である日本語だと、この男は更に小生意気だ。

 受話器の向こうから、群に話しかける微かなイタリア語が聞こえる。何と言っているのかはよく分からなかったが、返答した彼の言葉から察するに、どうやら何かの書類を整理していたようだ。



「……ごめんなさい、仕事中だったのね。」

「気にするな。電話に出ることを選んだのは俺だ。で、用件は何だ?」



 心地良い重低音を聴かせる群。簡潔に依頼のことを話すと、「あぁ、良いぜ。喜んで協力する」とのこと。感謝を伝えれば、いつものように「礼には及ばねぇよ」と返された。勿論、余裕の隠った声色で。



「もうすぐ10月も終わりだから、あと二ヶ月もすればそっちはかなり冷え込むな。体に気を付けろよ。」

「ええ、アナタもね。」



 また後日、と告げて電話を切る。その時ふと名案が浮かんだ。が、まずはアロンソ氏との電話を再開しなければ。アタシは白い受話器をそっと持ち上げた。