この男が蜘蛛なら、アタシはその罠にかかった蝶。この男が砂糖水なら、アタシはその甘い誘惑に勝てずに飛び込んでしまった蟻。群の存在は急速に、確実にアタシの心の中でスペースを広げていっている。

 つくづくアタシを丸め込むのが巧い人ね。そう告げたら群は、「俺にとったらお前が仕掛人だけどな」と答え、クスリ、笑った。



「……あの歌姫、早く新曲出さないのかしら。」

「何だ、ファンになったのか?」

「甘ったるい声の時は苦手だったけど、今日のラストソングを歌った時は嫌いじゃなかったのよね。」



 アタシの言葉を聞いた群は、「回りくどいぞ。素直に気に入ったって認めたらどうだ?」と口にする。その表情が全てを見透かしているようだから、少々苛立ちを覚えた。

 言葉の力は偉大だけど、アタシは多くを語らない。こういう所が日本人らしいなと感じながら、自分よりも本音を語らない彼を目の前に、控えめに胸の内を見せてみる。



「……あの子のことは気に入ったけど、半年くらい前に知り合った誰かさんの方がもっと興味深いわね。」



 ――棕櫚の目が優しく笑う。風呂に入ってこいと勧められ、アタシはゆっくりとベッドから起き上がった。