「……何だ?」

「そんな顔しないでよ。アタシだって会いたかったのに。」



 振り返った綺麗な棕櫚色が、僅か見開かれた。いつも堂々としていて隙のない彼を少しでも驚かすことが出来たのだから、こちらとしてはとても気分が良い。が、その暫しの優越感は、妖艶に微笑った彼によって儚くも崩れ去ることになる。



「へぇー?お前、そんなに欲求不満だったのか。」

「……どう考えたらそういう解釈が出来るのかしら。」

「会いたかったんだろ、俺に。たまには素直になった方が良いぜ?セニョリータ。」



 その方が良いことあると思うけどな、と囁く声が耳を貫く。ムスクの香りが近い。不覚にも、心臓がトクリと音を立てた。



「……闘牛じゃないんだから興奮しないでもらえる?」

「それは赤を着てるお前が悪いな。知ってるか?“赤は性的魅力を感じる色”なんだってよ。ある若い画家が言ってたぜ?」



 耳を犯すその声が、アタシの体に蜘蛛の糸を絡めてくる。この男はいつから欲情していたというのだろう。もっともらしい台詞を吐きながら人の上に影を作っているが、言い訳にしか聞こえない。でも……嫌いじゃないと言ったら、彼はどう思うだろうか。