「……ちょっと待てよ…

それって今まで一緒に過ごしてきた事も…

初めて馨に逢った日の事も…

…全部……全部忘れろって言うのかよ!!!」

あまり取り乱さない航聖が怒鳴り声を上げる。


「何もかも自分一人で背負いやがって…!


良いか!?

今回陽が居なくなったのは何も御前だけの所為じゃないんだぞ‼

見ていなかったのは俺も同じだろうが!!!


『狙われる』覚悟の上で俺は馨と夫婦になったんだ…!!!


今更そんな事言うな!!!!


陽が居なくなって、今度は御前まで居なくなるのか!

フザけんなよ、馨!!!」


「……それでも…

それでも可能性があるのなら…どんな手を使ってでも陽を助けたい…

たとえ生きていようが、死んでいようが…

だって私は…陽のたった一人の『母親』だから…!!!


それにもう…『これ以上の犠牲者』を私は出したくない!!!!」



今にもまた泣き出しそうな顔で航聖を見つめ、馨は悲痛な胸の内を吐き出した。



今まで片時も外す事の無かった指輪も瞬く間に外されテーブルに置かれる。




そして近くに投げ出されていたバッグと分厚いコートを取り、かつて三人で楽しく過ごしていたその家を思いきり飛び出した。



「…さようなら……!」



だが諦めきれずに航聖は叫び続けた。


「ちゃんと帰って来いよ!

必ず『この家』に戻って来い!!!

必ずだぞ!!!!」





馨は航聖の声が聞こえなくなるまで懸命に走り続けた。





只、只管に_




愛する人も何もかも切り捨てる様に_




切ない程に沢山の綺麗な粒をこぼして__












_凍てつく様な冬の夜。



『馨』は二度とその家に戻る事は無かった。