「おはよーございまーす」
彼が登校してきたのは、5限目の半ばだった。
古典の時間で、源氏物語を黒板で解説した先生は「あ…橋本くん…」と彼の登場にたじろぐ。
今日も可愛らしい顔をした橋本くんはドア付近できょろきょろして私を見つけると、にこっと弾けるように笑った。
「いーんちょー、今日は電話ありがと」
語尾にハートマークがついてるかの言い方。
その瞬間、クラスの女子が殺気立つ。仕方ないじゃないですか、担任の先生に言われたんだから。
彼は特等席である私の隣の席に鞄を置く。そして椅子に座ると、机に肘をついてじいと私を見つめてきた。
無視無視…私は気づかないふりをして授業に集中する。
「ねーねーいーんちょー。なんで電話してきたの?」
「……」
「無視かよ。デコピンするよ?」
「……」
「せんせー!いーんちょーが無視します!」
はい、と手を挙げた橋本くん。そんな事授業中に手を挙げて言う奴がどこにいるんだ。ここにいるけど。
おばさん先生も困ったように眉を顰めていて。すると、橋本くんは両手で頬を覆って、上目遣いで先生を見つめた。