恐れながら聞くと、彼は優しい声で言った。
「君も、ツラかったんだね」
「え?」
予想外の言葉に、私は驚き顔を上げた。
「私のこと……責めないの?」
「そりゃ、いじめは良くないよ。けれど、君はその行為を反省してるんだろ?」
「それは勿論」
「だったらボクはそれでいいと思うよ。琥珀ちゃんに謝りたいって気持ちがあるのなら、お膳立てくらいはするよ」
私は膝の上で両手を重ね、握っていた。
握る力は少しずつ強くなっていく。
「お願いがあるの」
私には、どうしても出来ないことがある。
「なに?」
「琥珀ちゃんには、本当のことを言わないでほしい。ズルいけど、私はあの子に本当のことを知られたくない」
それは、琥珀ちゃんに真実を語ることだ。
彼女にだけは、本当のことを知られたくない。
嫌われたくない。
身勝手な願いだということは承知の上だった。
当然断られるだろうとも思っていた。
廈織くんは少し考えた後、言った。
「いいよ」
「え、本当?」
いい返事がもらえると思っていなかった私は、廈織くんの言葉に目を丸くした。
「本当だよ」
「信じられない……」
「じゃあ嘘じゃないって証明に、ボクの秘密を教えてあげる」
そうして私は、彼の悲しそうな瞳の正体を知る。
「ボクはね、妹のことが好きなんだ」
「え? それってどういう……」
「そのままの意味。ボクは血の繋がった中学生の妹を一人の女の子として愛してる」
廈織くんの告白は、私の想像を遥かに超えていた。
彼の言っていることはつまり、実の家族を異性として見ているということだろう。
幼なじみが恋をするのとはまた、一つ次元が違ってくる。
廈織くんの悲しげな瞳の正体はこれだった。
彼は分かっているのだ。
自分の抱く感情の、とてつもない闇を。
現実問題として、血の繋がった兄妹が結ばれる可能性は果てしなくゼロに近いだろう。
奇跡的に両想いになれたとしても、そこから始まるのは地獄へ続く茨の道だ。
きっと彼は自分から想いを告げることはないのだろう。
私は瞬間的にそう思った。