足が床に貼り付いたように、その場に固まってしまった。背中がどこかに持っていかれてしまいそうに、ソワソワする。

洲の瞳はいつも真っ直ぐで、それは全てを見透かすように澄んでいた。

あたしはそれが好きで、ほんの少し苦手だった。洲と目線を合わせるのは、何もかも露呈してしまいそうで怖い。


「…行くわけないし」


だからあたしは、ただ声をいつも通りに調節するので精一杯だった。


「だいたいストリートでバイオリンなんて聞いたことないよ」


洲の返事を聞く前に、リビングを後にすると舞い上がるように階段を昇った。
心臓が壊れそうにうるさい。



…ずっとずっと封じ込めていたのだ。押し入れの奥に。心の裏側に。


触れたら、きっと過去を思い出してしまうから。


夢は希望に満ち溢れているけれど、一度諦めてしまえばそれは錆び付いた足かせに変わる。

自分の限界を、目の前に叩きつけられるのはひどく辛いことだった。


…だからあたしは、もうずうっとそのケースにすら触れることができないでいた。




幼い頃の夢は、ヴァイオリニストになって世界中を演奏して回ることだった。

その時世界は明るかった。あたしをまるごと、受け入れてくれていた。


それを手にした間もない頃から、あたしは、何もかもを置き去りにして夢中に弾いていた。


楽しかった。練習すればするほど、両親はたくさんあたしを褒めた。それが嬉しくて、あたしはもっとのめり込んでいった。


だけどあたしは、その分多くのものを捨ててきた。ずいぶんと周りのものを、見過ごしてきた。

無邪気に遊ぶ同い年の子供たち。羨ましいという気持ちを押し込むように、自分は他とは違うのだと言い聞かせた。


手に入れたいものがあった。そのためなら、何も惜しくなかった。


たまに問いかけてしまうのだ。必死で塗りつぶした…自分の心に。



だったら。




『今のあたしに残ってるものは…何?』






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