美登里が演じるワーリャは、地味でおせっかいな年頃の娘。

いつも天真爛漫な美登里とは正反対の側にいる人柄だった。

劇の稽古はロパーヒンとワーリャの結婚について、ラネーフスカヤが問いただすシーンに入っていた。


「桃、あたし台本読み進めててずっと疑問だったんだけどさ」

「ロパーヒンとワーリャ、まわりも認めてんのになんで結婚しなかったんだろなって」

「…え?」


そういえばなんでだろう。周りからも認められ、互いに気にかける素振りは劇中にも幾度か出てくるのに。

あたしも不思議に思って首を傾げると、思いもよらず後ろから返事が飛んできた。


「ロパーヒンに好きな人がいたからよ」


驚いて二人同時に振り向く。そこには赤星さんが立っていた。

今日の彼女は、珍しく髪を一つにまとめていた。


「えっ!?そうなの?誰?」

「ラネーフスカヤ」

「マジで!?ワーリャのママじゃん…っていうか赤星さんよく知ってるね」


美登里は目をまん丸くして赤星さんの方に体を乗り出す。赤星さんは美登里のスキンシップの度合に慣れていないのか、困ったように目をキョロキョロさせてはにかんだ。


「原作読んだもの」

「へぇ…原作とか難しそう。あたし、本とか三ページで眠たくなるんだぁ…」


美登里はふぁあと大きなあくびをすると、そのままソファにごろりと転がった。あたしの膝を無断で枕に使うのはやめてほしい。

そろそろ休憩時間も終わりだと揺り起そうとした時、美登里は肩をキュッと縮めて呟いた。


「ワーリャってかわいそう…報われないね」



美登里はいつも笑っていて、だからあたしには彼女がそれ以外の顔を持っているなんてほんの少しも思わなかった。



…少しも、信じて疑わなかった。







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