それは確かに、ロパーヒンのセリフだった。
教室の真ん中には、しっかりと両手に台本を握った、真剣な表情の赤星さんがいた。
「もう一度…見て下さい!お願いします!!」
納得がいかないように首を傾げては、もう一度息を吸い込み前へと一歩踏み出す。
「…お願いします!!」
ドアノブにあった手が、だらりと下に落ちた。
…貫かれた気がした。
何かわからない、鋭く、強いものに。
あたしの目の前にいる彼女は紛れもなく赤星さんで、それなのに全く別人のようだった。
まだ冷たさを残す風が赤星さんの長い髪を煽るように吹き付ける。
「あ……」
開かれたドアの隙間。
彼女の切れ長の瞳が、あたしの姿を捉えた。
「結城さん…どうして…?」
「…赤星さんこそ、こんなに早くどうしたの?」
あたしが尋ねると、赤星さんは下を向き明らかに戸惑ったような表情を見せる。消えそうな声と共に、彼女の唇が小さく動いた。
「最近毎日…来てたの。練習しなきゃ、これ以上迷惑かけられないし…」
「…毎日?」
「うん…セリフ、なかなか覚えられなくて」
そう言うと赤星さんは、照れたように笑って手にしている台本を丸めた。
そんな彼女の表情は見たことがなくて、あたしもなんだかこそばゆくて視線をそらす。
「…記憶力、良さそうなのに」
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