未だにガミガミと続くお説教は耳に入ってはすっぽ抜け、あたしの脳までは一つも到達しなかった。
ぼうっと窓から見上げた空に、一筋の飛行機雲。それを追うように高く舞う、一羽の白い鳥。
それはあまりにも自由で、どんなに手を伸ばしても届かない。
今のあたしには、とても遠かった。
……
「六年前、父様が亡くなられ、ひと月あとに、弟の……えーと、弟のぉ……」
「グリーシャが」
「そうそう!グリーシャが川で溺れて死んだ。七つの、可愛い坊やだった。ママはご存じないでしょうけど…」
「それは後。ママは耐えきれなくて、が先」
「えーと、ママは耐えきれなくて、行っておしまいになった、あとも見ずに…そのお気持ち、あたしには、よーくわかるの。ママはご存じないでしょうけど…。ペーチャは──えーと…?」
「グリーシャだってば!!」
ダン、と床を踏み鳴らしたい衝動に駆られた。
立ち上がったあたしに、奈々美は機嫌を伺うような目線を送る。
「…奈々美、ここ昨日覚えてきてって言ったよね?」
昨日も同じ所間違えてたじゃない…、そう吐き捨てた言葉に呆れた色が混ざるのは自分ではどうしようもなかった。
「ごーめーんって!昨日やることいっぱいあったの!!えーと、ドラマ見なきゃいけないでしょ、メール打たなきゃいけないでしょ、あとブログも更新しなきゃだったしぃ」
そう言って奈々美は指折り昨日の"やらなければいけないこと"を数える。
あたしはというと、呆れ果ててものも言えない状態だった。
「もーもっ!!見て見て〜!」
そんな空気を知ってか知らずか、パタパタと小走りで近寄ってきた美登里。
ありったけの笑顔と共にあたしの鼻先にスケッチブックを突き付けた。
「衣装のデザイン考えたの!!」
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