□□
「まぁあなた、失礼だけど何にもわかってないわ。この地方で誇るべきものがあるとすれば、それはただ一つ!うちの桜の園なのよ」
「こ…この桜の園が優れているのは、非常に大きい…ということだけ…です。さくらんぼは二年に一度しか…ならないし──」
「赤星さん、それじゃ聞こえないよぉ〜!!」
しばらく黙って様子を見ていた奈々美が、しびれを切らしたように台本を椅子に叩きつけた。
パン、と鳴る渇いた音に、俯く赤星さんの顔。
教室の所々でまたか、口々に囁かれるのが聞こえた。
室内の雰囲気がイライラしているのを肌に感じる。
もうここずっと、同じ光景ばかりだ。
「…じゃあもっかいやろっか。葵のセリフから…」
「ねっ!桃っ!!最初の帰ってくるシーンやろうよ〜。もう座ってばっかり疲れちゃった」
「あっ、いいね!あたしもそこ大好きなんだぁ〜!!」
美登里も息を吹き返したように勢い良く立ち上がり、奈々美に加勢する。
仕方なく最初の方のページを開き、自分のセリフをもう一度確認する。
「ロパーヒンはセリフないし、赤星さんはいいよね!」
「桃、はーやくぅ〜!!始めるよ!」
「…赤星さん、ちょっと一人で練習しててくれる?」
ガヤガヤと集まってセリフを確認する美登里たちの輪からぽつん、と外れた赤星さんは、小さく唇をかんだまま頷いた。
なんだかどうしようもない気持ちになって視線を流すと、葵の黒目がちな瞳とかち合う。
あたしが情けない眉のままに笑うと、台本をヒラヒラさせて葵も苦笑いを返してくれた。
.