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「…わかって下さいよ。別荘の件で決断さえなされば、金はいくらでも貸してくれます。それで皆さんは助かるんです」
「でも別荘に別荘族なんて、低級なのよねぇ、悪いけど…」
「わしもまったく同意見だね」
それぞれ決められた位置に、台本を片手に役に入る。
はじめよりもみんなずいぶん慣れてきたようで、吐き出されるセリフにも気持ちがこもっていた。
「…私は大声で泣くか、叫ぶか、卒倒しそうです。やってられんもう限界だ。…あんたは…、女の腐ったような人、だ…」
しかし赤星さんの声はセリフを追う度にどんどん小さくなっていった。
真っ赤な顔は、見ていて痛々しいほど。
教室の所々で、またか、というようなため息が聞こえた。
あたしの真後ろでも、おんなじため息が一つ。
「まさか委員長まで一緒にやることになるなんてねぇ〜…」
美登里はそう呟いて黒板のロパーヒン役の欄に"赤星真由子"と書いた。
すぅ…っと延びる白いチョーク線。
それを目で追って、あたしも短く息をついた。
あれから勢いに任せるように戸惑う赤星さんをあたしたちの輪に加え、持て余していた男役をしてもらうことになったのだ。
あんなに大人しくて、従順な赤星さんを見たのは初めてで…何だかあたしの方が、落ち着かない気分になる。
殴り書きのような丸っこい字で書かれた他のあだなとは違い、ピシッと背筋を伸ばすようなそのフルネームは、明らかに一つだけ浮いていた。
「でもさぁ桃、ヘンだと思わない?」
「…なにが?」
「赤星サン、葵の前だとまるで恋する乙女みたい」
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