─桜の園と呼ばれる美しい土地。その土地の女主人のラネーフスカヤ。
昔は裕福だった彼女も、お金の扱いが上手くなく借金を重ねてしまう。
そこで、昔その桜の園で働かされていた、今ではお金持ちの実業家のロパーヒンは言う。「土地を別荘地にすれば借金が返せる」と…。
しかしラネーフスカヤは首を縦に振らない。生まれ育った土地は、彼女にとって特別だった。
結局桜の園は競売にかけられ、それをロパーヒンが買い取り、最後はラネーフスカヤが出て行く、という結末──。
脚本はとても細かに描かれていた。平成九年。もう十年以上前だ。
脚本・演出は、坂野佳代。
教卓で弁をふるう先生を見つめる。
これを書いたのは佳代先生なのだろうか。
不思議だった。佳代先生にも、あたしたちと同じ時代があったということが。
やっと午前中の授業が終わり、一息ついた時だった。ガヤガヤと一気に騒がしくなった教室に、まるで弾丸のように大きな声が飛んできたのは。
「結城さん!」
廊下の窓から、掲げられた青いお弁当袋。ブラブラと揺れるその根元には、にっこりと笑う葵の姿があった。
目を丸くした驚き顔のあたしが、彼女の瞳の中に取り込まれる。
「お昼まだでしょ?お花見しない?」
静まり返っていた教室が、今度は別の色を含んでザワザワと沸き立つ。
あたしもしばらく唖然としていたが、慌ててカバンを引っ付かんで廊下へと出た。
「ど…どうしたの?」
「だから、お花見!天気いいし外で食べよ」
葵は騒がれるのに慣れているのか、それとも肝が座っているのか…全くの余裕の表情だ。
自分の及ぼす影響がどれほど大きいか、気づいていないのだろうか。
それにどうして少し話したことがあるだけのあたしを誘うのか、全くわからない。
納得の行かないまま、強引な葵の後ろ姿を追う。
赤星さんは信じられない、という表情で、椅子に貼り付けられたように固まって、あたしたちを見送っていた。
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