できるだけ存在を消すということは、たやすいようで難しかった。教室のところどころで、あたしに向けてしばしば送られる視線があるのが居心地悪いのだ。
「結城さん、もう具合大丈夫?」
眉を寄せた佳代先生の顔が、あたしを覗きこむようにして目の前にあった。
いつ見ても彼女の顔は整っていた。綺麗に伸びた鼻筋に続く顔立ちは、左右対称に広がっている。
一瞬頭に疑問符が浮かんだが、すぐに察して無難な返事をしておいた。
「…もう大丈夫です」
きっとあの後、赤星さんがそういうことにしたのだろう。
佳代先生はよかった、とにっこり微笑んだ。
「編入したてだし、環境にもまだ慣れていないものね。困ったことがあったらいつでも言ってね」
昨日のことがあったからか、あたしの周りにはだれも近寄らなかった。
美登里たちはあたしの姿を見つけるなり気まずそうに口元をこわばらせた。
友達、なんてもう変な期待を持ったりするもんか。裏切られるあまりにも簡単な仕組みは、もう十分に理解していた。
キャアキャアと黄色い声を上げて騒ぐクラスメイトたち。
取って付けたような大げさなリアクションに、ご機嫌取りのような互いの誉め合い。
…本当に馬鹿みたいだ。あんなつまらない世界に必死にすがりついて。
赤星さんとも一度だけ目があったが、向こうがすぐにそらしてきた。
その表情はいつもと変わらぬ感情のない顔で、昨日の面影は少しも感じられなかった。
彼女の手元の本は、昨日の赤いものからは一回り小さい、黒いカバーの本に変わっていた。
そうっとカバンに触れると、そこにある長方形が感じ取れる。
昨日見つけた台本は、カバンの中に忍ばせていた。内容はずいぶんと昔の、ロシアの話だった。
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