やみくもに走っていたのか、気がつくと正門とは反対側の裏口近くに着いていた。

息が切れて、髪が頬にはり付く。きっと今のあたしは、ものすごく惨めだ。

やっと冷静さが頭の隅に戻ってきた時、自分が今いる場所がどこなのかを把握した。


…ここは、図書室から見える景色だ。


いつもは図書室の窓辺から、まるで額縁に飾られた絵画のように見ていた白い建物。その旧校舎が、急に現実味を増してあたしの視界に大きく佇んでいたのだ。

白いと思っていた壁は、近づくにつれ所々ひび割れて黒ずんでおり、どちらかと言うと灰色に近かった。

しおれたように息を潜めている窓辺のカーテン。

窓ガラスは透明さを無くし白く濁っている。


置き去りにされた旧校舎。なんだかとても、自分に似ていると思った。

一つだけ違うのは、取り壊されることを恐れているかそうでないか、だ。

迫りゆく解体をただ悠然と待っているその建物は、完全には力を失っていないように見えた。



「……?」


ふと気づいた。閉まっているはずの扉がギィギィと、不自然な音を立てて揺れていることに。


惹きつけられるように扉の前に足を進める。

ぴっちりと揃って並んだ、二足のローファー。


「───、」


…鍵穴に、鍵がさしたままになっていた。


用務員さんがしまい忘れたのだろうか。恐る恐る右手を添えると、唸るような低い音を立てて扉が開いた。

埃っぽい匂いがツン、と鼻先をつく。

中は薄暗かった。もうずっと長い間、光を吸い込んでいなかった壁の色だ。


『生徒は立ち入り禁止よ』


ごくりと一度息を呑む。

春の風は追い風で、それはあたしの背中を押すようにビュッと強く吹き付けた。


たなびく雲が、一瞬太陽を隠す。あたしの頭を、影が覆う。


…大丈夫、誰も見ていない。


もう一度呼吸を整えると、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。


.