演奏にのめり込む彼を見ても、あたしは全くそれがあの洲だとは気がつかなかったのに。

『ことりバイオリン教室』の名を出されて、やっと初めて記憶が蘇った。

それはお母さんが開いていた、バイオリン教室の名前だった。
彼…町田洲とあたしは、幼い頃からそこに通っていた。


互いに認める、ライバルだった。


「でもマジでびびった。なんでお前が櫻華だよ?俺のマイベスト制服ナンバー1だぞ?」

「あんたの趣味とか知らないし。…あんなとこ、最悪だよ」

白いリボンは、まるで首を締め付けるようにあたしの世界を狭くする。

スカートの上で、拳をぎゅうっと握りしめた。


「ま、超名門お嬢様学校だからなー。お前のキャラじゃねえっての!つーかさ、お前ヴァイオリンは?東京行ったんじゃなかったのかよ?」

「やめた」


まるで未練も何もないようにすっぱりと言い切った。それでもそうしようと、意識している自分がいることに気づく。

「やめたぁ!?チビん時言ってたじゃねーか!大人んなったらプロなって世界中演奏旅行するって!!」

「…洲こそどうしたのよ。ヴァイオリンは?真っ昼間からサックスなんか吹いちゃってさ」


うまく隣を見ることが出来なかった。俯いたままポツリポツリ話すと、色味を無くした言葉が地面へと落ちるだけだ。

握りしめた缶ジュースがもう、ぬるい。


「今だから言うけどさ、俺…お前には絶対叶わねーって思ってて…だから辞めたんだ。でもそれでよかったと思ってる。」

今、サックス吹くのすっげー好きだからさ、洲はそう言って嬉しそうに笑った。太陽を反射する茶色い髪は、何よりも眩しく見えた。

眩しすぎて、真っ直ぐに見れなかった。


「…俺さ、6月んなったら東京行くんだ。バンドで、デビューすることんなってる」


─思い出した。

さっき洲が吹いていた曲は、あたしたちがヴァイオリンで一番最初にコンクールで競った曲だ。

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