彼が演奏するのは、あたしもヴァイオリンで弾いたことのある曲だった。
でもそのままじゃない。所々にアレンジが加えられている。
もっと聞きたい。もっと近くで、聞いてみたい。
あたしは自分でも知らないままに、思わず身を乗り出していた。
「〜っ、わあぁっ!!?」
視界が、逆転する。
そしてあろうことかそのまま、前につんのめった。
シン、と音が止む。観客の中心に転がり込んでしまったあたしの体。
…消えてしまいたいとはこういう気持ちだろうか。制服からのぞいた膝小僧が、ジンと痛い。
恐る恐る見上げると、首から黄金の楽器を下げた男の子が目を丸くしてあたしを見ていた。
「あ…あの…」
「あ〜っ!!!!!!!」
謝ろうと首をすくめた瞬間、男の子が仰け反りながらいきなり叫んだ。
目覚ましよりけたたましいその声に、あたしも思わず後ろへと仰け反る。
「こ…ことりヴァイオリン教室っ!!」
彼が発したその言葉に、今度はあたしが目を丸くする番だった。
……
「おら」
ポン、とあたしの膝元にジュースを投げ置くと、彼はそのまま隣に腰を下ろした。
缶を手に取ると、それはヒンヤリと冷えていて、少し汗をかいていた。
「ありがと…て、何これ」
缶の表紙には、『DHAたっぷり★カツオジュース』という有り得ない文字と共に奇妙な魚の絵が描かれていた。
「ん?いやー、お前ガキの頃からあまりにも進化してねーからさ。ちょっとでも賢くなるのに貢献してやろうかな、と」
「…よけーなお世話」
やけになってプルタブをこじ開け、ゴクリと一口飲んでみたものの…やはりなんとも言えない、奇妙な味がした。
「…でも洲、よく私のことわかったね」
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