ここの古い匂いは、どこか懐かしいかんじがした。鼻の奥を控え目にくすぐるような。
放課後、あたしは一人で図書室へと足を運んでいた。
本当は、「しなきゃいけないこと」なんてなかった。
…少しくらい、一人の時間を持たなければとても息が続かないのだ。
どうしてあたしは、こんな狭い空間に来てしまったんだろう。顔色ばかりうかがって、そのくせうまくやれなくて。
バカみたいだ。あたしも、この世界も。
膨大な書籍にこの部屋は少し小さすぎるようだ。漂う空気が密度に耐えかねて、逃げる隙間を探していた。
チラホラと見てとれる生徒たちはあたしの存在に気づきもせず、本に没頭している。
棚を一つ一つ眺めていき、ふと足が止まった。
端から二番目の棚。そこには楽譜が溢れんばかりに立ち並んでいた。
一冊手に取ってみる。フワッと、辺りに舞う埃。
(ピアノの…かな)
英字で綴られた題名はどこかで見たような気がしたが、よく思い出せない。
幼い頃からクラシックばかり聞いてほぼ中毒状態のあたしにも知らない曲はまだあるんだな…そんなことを思いながら背表紙を指でなぞった。
もう今では、飽和状態だ。あたしの頭も、耳も、心も。新しいものなんて何も得られない。
ほんの少し開いた窓の隙間から、緩やかな風がひらりと舞い込む。
それにつられるように、あたしは外の景色へと歩み寄った。
『もうすぐ取り壊すの』
旧校舎は昨日と変わることなく、あたしの視界に佇んでいた。
その一角だけ…時間が止まっているようだ。
まるでそれは、近づく自らの終わりを…知っているかのように。
─その時だった。
「わあぁっ!!」
ポン、と突然勢いよく背中を押され、つんのめりそうになったあたしは思わず大声を上げてしまった。
図書室中の注目が、一点に集まる。
苦い顔で振り返ると、そこには同じく苦笑いをして、引っ込みのつかない両手を縮こませた女生徒がいた。
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