「……え?」


そういえば、教室に来る前に用意していたはずのおはようのセリフ。

言いそびれたそれも、すっかり頭から吹き飛んだ。


「職員室で先生たちが話してるの、偶然聞いちゃったの〜!!」

「しかもコンクールで賞とれるくらいだったらしいじゃーん!!」


頭の中で電線が切れたように、チカチカと散る火花。明かりが少しずつ消えていく。


─どうして。


それは今、あたしが一番触れてほしくない部分だった。


「チョーすごいっ!!そんな子がクラスメートなんてマジ自慢だしっ!!」

「…そんなことないよ」


顔が引きつる。

やめて。これ以上思い出させないで。


「まったまたぁ〜!!将来の夢はバイオリニストですか結城さんっ!!」

「すっごぉーいっ!!コンサートとか招待して──」
「〜っ、だからそんなんじゃないってば!!」


しまった──そう思った時にはもう遅かった。


盛り上がっていた教室内の熱が、一気に冷えていくのがわかる。

目の前の彼女たちはひきつったような笑みを一瞬残し、その後感情の読み取れない無表情な顔で、あたしを見た。


心の中で、警戒音が鳴る。


「────、」

「おはよー!!」

静まり返った教室に、一人笑顔で入ってきた何も知らないクラスメート。

途端に、元の雰囲気が戻ってきた。


「…ね!今日はアイスクリーム食べ行かない?なんと今ならダブルがサービスでつくらしいよぉ!!」

「マジ!?行く行く〜っ!!」

「ダイエットはどうした美登里〜?」


きゃはは、と弾けるような笑い声。あたしは机の下で、何かに耐えるように拳を握っていた。


「…結城さんも、行くよね?」

.