辿り着いた教室は何かをひっくり返したように賑やかだった。あちらこちらで飛び交う、笑い声。
しかしあたしが教室に踏み込んだ瞬間…なぜかみんながパタリとおしゃべりを止めた。
不思議に思いながらも自分の席に向かおうとするあたしの背中に、葵の心地よい声が響いた。
「じゃあまたね、結城さん」
文句のない笑顔を残すと、ゆったりと去っていく葵。
長い黒髪が、背中を飾るようになだらかに揺れていた。
「…ちょっと結城さーんっ!!」
「なんで小笠原さんと登校っ!?」
席に着くのとどちらが早いか、あっという間にあたしは何人もに取り囲まれていた。
みんなの威力に、思わず腰が引けてしまう。
「別に…ただロッカーのとこで会ったから…」
「すごーいっ!」
キャアキャアと豆を与えたハトのように騒ぎ立てる彼女たち。頭に疑問符を浮かべていると、その中の一人があたしに言った。
「だって葵、櫻華の王子様みたいなもんだもん」
「ねー!!去年の学祭の男装、ちょー格好良かったよねぇ!」
未だ盛り上がる彼女たちの高い声は、壁一枚隔てたようにどこか遠く感じた。
窓の外に広がる晴れ晴れとした明るい景色とは反対に、肩に乗る空気はどんよりと重い。
それはこの学校の独特の雰囲気そのものを表しているようだった。
真後ろに座る赤星さんは、何事もなかったかのように昨日の本の続きを読んでいた。
無表情のまま、目だけがページの文章を追い、白い指がさらりとページをめくっていく。長い髪は真っ直ぐと下に向かって落ちていて、頬にかかる黒い雨のようだ。
「…何?」
あまりにも凝視してしまっていたらしい。視線を感じたのか赤星さんの切れ長の目がこちらを睨んだ。
「あ…いや、別に──」
「てかてかっ!!結城さん聞いたよぉ!」
変わらずにテンションの高い声が、あたしの耳元でこだました。
「……?」
「前の学校で、バイオリンやってたんでしょ!?」
.