そしてもう一つ。
あたしの姿を映し出す彼女の瞳。
あたしがその場に貼り付いたように動けないでいると、彼女は首を傾げるようにしてふわりと微笑みかけた。
一つも無駄のない、端正な笑顔。
あたしはただ棒立ちになったまま、笑みを返すこともできなかった。
可愛いとか、そういった要素を含まない本当の美人を初めて見たのは初めてだ。
滝のように豊かにまっすぐに背中に落ちる黒髪。
…先日見たグラウンドの光景を思い出す。
何もかもに興味を失って、初めて校舎に入って目に飛び込んだあの光景。
騒ぎの中心の彼女。空に浮かび上がる身体は、自由の象徴みたいだと思った。
「…もしかして『結城さん』?」
高すぎない、深みのある声。
結城さん、というのがあたしを指していることに気づくのに数秒かかった。
目が落ちるのではないかというほどに真ん丸く見開くあたし。だってまさか、知られているとは思わなかった。
「佳代先生から聞いたの。二組の、編入生だよね?」
そう言って彼女は微笑んだ。相変わらず、無駄のない笑顔だった。
「小笠原葵です。葵でいいよ、よろしく」
.