放課後、引き連れて行かれたクレープ屋さんはいかにも、というようなかわいらしいチェックの外装だった。

帰宅途中の学生狙いなのだろう、おこづかいでも十分にやりくりできる金額に設定されている。

あたしはオススメされたカスタードクリームの何とやらを頼んだが、胸やけするほどにひどく甘かった。



「…遅かったね」

家に帰ると、リビングにはおいしそうな香りが溢れんばかりに立ち込めていた。

グツグツと煮立つ鍋に、ふわふわと舞う白い湯気。

柔らかい白の中で、エプロン姿のお姉ちゃんが鍋をかき回しているのが見えた。


「うん、学校の子とクレープ食べに行ってた」

「もう友達できたんだ?」

お姉ちゃんのかき回す手が止まる。どうやら、今日の晩御飯はビーフシチューだ。

「お母さんたちは?」

「…仕事で遅くなるって。どうする晩御飯?クレープ食べたならお腹すいてない?」

「…ううん、食べるよ」


時計の針がチクタクと均等に歩みを進める。どうやらもう、時間はとっくに夜の領域に踏み込んでいた。
あたしは家着に着替えようと、制服のリボンをゆるめながら自分の部屋へと向かった。

ベットの淵に腰掛け、ふうと小さくため息をつく。ご飯を食べたら、まず今日渡されたアドレスたちにメールを送らなければ。

アドレスを打ち込むのも、何と送るかを考えるのも面倒だが、送らないまま明日を迎えるとなおさら面倒なことになる。


濃厚なビーフシチューの香りは、とうとう二階のあたしの部屋まで辿り着いていた。

お姉ちゃんと二人で夕食を食べるのは、いつぶりだろう。初めてではなかったけれど、思い出せないほど昔だ。

そもそもあたしが上京する前から、あたしの中のお姉ちゃんの記憶は薄かった。あたしの生活の中心は常にバイオリンで、その周りのものはただの付属品でしかなかったから。


お姉ちゃんは、最近ずっと結婚式の打ち合わせやら何やらで忙しいようだった。

…6月の中頃、竹内さんという二歳年上の男性と結婚するらしい。

お母さんが写真を見せてくれたが、写真の中で微笑む彼はとても優しそうな人だった。


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