「何黙ってんだよ、桃」

「…別にぃ?洲こそ緊張してるんじゃないの?ライブ前で」

「ははっ!なわけねえだろ〜!!俺を誰だと思ってんだ」


呆れたように眉を下げるあたしの頬をむぎゅっとひっぱって洲は笑う。
あたしもおかえしに思いっきり洲の頬をつねってやった。


「痛ってぇ!…うそだって、ライブなのに緊張しねぇことなんかねえよ」


興奮のがおっきいけどな、洲はそう言ってライブハウス全体を見渡すように目を細めた。

この後に始まる祭りのために、ひっそりと息をひそめている空気。ゆっくり、ゆっくりと耳元を流れる。


どうしてだろう。たくさんのことがあったのに…洲に再会したあの日から、今日まで、思えばあっという間に過ぎて行った気がした。


あたしを引き寄せた、真っ昼間のサックスの音色。落ち込んでいるときの電話。駅前に駆けつけてくれた洲。家まで会いに来てくれた洲。真夜中のストリートライブ。

いつだってあたしのSOSに答えてくれた。たくさん彼の前で泣いて、笑った。


本当に大切なものを、洲が教えてくれた。


「…借りばっかだなぁ」

「へ?」

「洲には助けてもらってばっかで、あたしは一個も洲の力になれてないなぁって。…なのに、洲はもう行っちゃうんだもん。…返せないじゃん、バカ」


洲の瞳があたしを捉える。なんだか胸にこみあげるものがあって、あたしは顔を上げることができないでいた。

熱い塊が喉元に押し寄せて、これ以上言葉が出ない。


「…俺、頑張るから」


そっと触れるだけみたいに、あたしの手を握る洲の手。その手があたしと同じように熱くて、それだけで泣きそうになった。


「これ以上ねぇっていうくらい頑張って、絶対いいもん作ってくっから」

「…うん」

「お前もさ……バイオリン、続けろよ」


ゆっくりと洲を見上げる。いつも変わらない、真っ直ぐな瞳。

あたしはそれが好きで、何もかも見透かされそうで怖くて。でも洲になら、自分の全てを見透かされてもいい気がしたんだ。


「別に無理にコンクールとか、練習だとか…そんなんじゃなくて。でももうやめただなんて言うなよ。ただ弾くのは続けてほしいっていうか…」

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