『桃ちゃんは、ヴァイオリンの天才ね』
幼い頃の夢は、ヴァイオリニストになって世界中を演奏して回ることだった。
その時、世界は明るかった。
あたしをまるごと受け入れてくれた。
ヴァイオリン教室の先生だった母。
当たり前のように与えられた、茶色いその楽器。
それを手にして間もなく、あたしは何もかもを置き去りにして夢中で弾いていた。
楽しかった。
練習すればするほど、両親はあたしをほめた。
それが嬉しくて、あたしはヴァイオリンにのめり込んで行った。
『上手上手! 桃ちゃん』
『桃ちゃんは、頑張り屋さんねぇ』
ぼんやりとした記憶の奥で、
ずいぶんと懐かしい声がする。
あんなに輝いていたはずの世界。
何もかもがキラキラと、あたしを惹きつけてやまなかったのに。
『次のコンクールも、頑張ろうね』
……なのに今、あたしはどうしてこんなにも空っぽな思いを抱えているんだろう。
いつから、どこから、あたしは間違ってしまったんだろう。
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