泉のことを想ってるうちに、舞台に地謡の能楽師が入場してきた。

能舞台には幕がない。

紋付き袴の能楽師が順番に道具を運び、地謡やお囃子さんが無言で入場し、静かに始まる。

年間スケジュール表には2つの曲名しか書かれてないし、今回の公演のチラシにも3つの曲名が記載されている。

が、入口でもらった番組表には5つ。

能が3つと、狂言が1つ、そして仕舞は5つの曲目が列挙されていた。

……さらに出演者の書き方も独特だ。

まるで昔の女房奉書か和歌の散らし書きのように、あちこちに名前が配列されていて、どこから読むべきか混乱する。

もちろん細かく決まっていること自体はわかるが、具体的な序列まではあけりにはまだわからなかった。

徳丸先生は、2つめの「朝長」にワキの「清涼寺の僧」として出演されるのだが、番組表では「朝長」という曲名の真下に名前が記されていた。

あとは、地謡にお名前がある。



1つめの「老松」が終わると、地謡さん達の入れ替わりの後、静かに徳丸先生が従者を連れてやって来た。

かつての主人朝長の菩提を弔うためにやって来たことを述べ、土地の男に墓を教えられてお詣りしていると、前シテの女長者が侍女と従者を連れてやって来た。

あけりは、美しい中年女性の小面にただただ見惚れた。

もう少し目はパッチリしているけれど……母のあいりに似た美人の面だと思った。

美女は朝長の最期を語って聞かせるのだが、この詞章が生々しくて、怖い……。

数えで16才の貴公子が自刃するのだ。

想像するだに、痛々しい。


一旦引っ込んだ女長者は、後シテに変貌する。

鎧兜を身にまとった、源朝長の幽霊だ。

長い黒髪を胸まで垂らし、キリッとした中にもえくぼのかわいらしさもある美少年の「十六」という面を付けている。

装束を右肩だけ脱いでいるのが、また、色っぽいというか……。

……めっちゃ綺麗……。

やだ。

すっごくカッコイイ!

何?これ。

マジで、素敵!

てか、さっきと同じ演者だとは全く思えない。

このヒト、ものすごく上手なんだわ。


聡くんが好きなだけある……え……?

横を見ると、聡は静かに涙を流していた。


ええ!?

泣くほど好きなの!?