聡は気を取り直して、あけりに言った。

「ん。じゃあ、僕も脈有りってことでいいね。」

「え……。」

絶句するあけりに、聡は慌てて早口で言った。

「余り気にしなくていいから。僕が勝手にモチベーションを上げただけだから。」

「……。」

あけりは、すぐには返事できなかった。





南下するバスから降りて、会館へと歩きながら……あけりは重い口を開いた。

「昔は……対象外だったけど……今は、確かに、聡くんが何を見て、何を感じているのか、興味あるっぽいかも。……聡くんの見解を聞きたいって、よく思うわ。読書とか、お能とか……数学の問題でも。」

嘘いつわりない、掛け値なしの本音だった。


「へえ……。そっか……。何か、照れくさいけど……」

まんざらでもなさそうな聡に、あけりのほうが恥ずかしくなってきた。


……何だろう……この妙に甘酸っぱい空気は。


「『朝長』(ともなが)って、義経のお兄さんなんですってね。」

あけりは無理矢理話題を変えた。


「ああ。勉強してきたの?源朝長。あまりメジャーじゃないけど、すごくいいよね。詞章、読んだ?……味わって読むと泣けてくるよ。」

聡はそう言って、……それから、ふと気づいたように言った。

「来週、師匠が大垣を走るからさ、家族で応援に行くんだけど……あけりさんも、一緒に来る?……ついでに、源朝長の墓参りしない?」


ギクリとした。

まさか、聡たち一家も行く予定をしてるとは思わなかった。

「え……あ……えーと……あの……能楽部の後輩と、その彼氏と……一緒に行く予定してるの……大垣……。」

あけりは、しどろもどろに、そう言った。

「あ……そうなんだ……。じゃあ、向こうで逢えるね。」

一瞬落ちたテンションを無理に上げるかのように、聡は笑顔を作ってあけりにそう念押した。



……逢うの?

わざわざ?

大垣で?



少し驚いたけれど、聡はさらりと言った。

「どうせならさ、競輪場に行く前に、先にお墓参りしない?……同行者も能を観るんだよね?だったら是非、お墓も見てほしいな。」

「……何で?お墓参りしないと、たたられるの?」

ずいぶんと熱心に誘われている気がして、あけりは冗談のつもりでそう尋ねた。