「……そんな顔すんな。……ちょっかい出さへんから。……うまくいくように、応援したるわ。」

泉の言葉が、薫の胸に沁み入る。

「何か、師匠……キャラじゃないですよ。……やめてくださいよ。遺言みたいで……。」

「アホか!……おい!泣くなや!縁起悪いっちゅうねん!」

……おかしい。

師匠のお世話をしに来たはずなのに……俺……師匠に励まされてる……。

参ったな……。


普段はめっちゃワガママなヒトだけど、……たまに、ヒトとしての格の違いを見せつけられてしまう……。



「師匠……。宮杯……間に合いますよね?」

薫は、無理を承知で言った。

次のグレードレースの高松宮紀念杯まで、1ヶ月と2週間。

……たとえ、傷が癒えても、まだ満足に走れる程には身体を戻すのは無理だろう。

でも、敢えて宮杯と言った薫に、泉は目を細めた。

「……なんや。独りで行くんは、心細いんか。」

意地っ張りだな……。

薫は苦笑した。

「ええ。……それに、俺が師匠を引っ張る無心の走りが好きだって言ってたんですよ……彼女……。」

「なんや、それ。」

泉はキョトンとした。

「女子高生が競輪してるんけ?……てか、それ、薫ちゃうやん。俺のファンちゃうん?」

「……一応……俺のファンって言うてましたけど……。」

盲点だった。

確かに、師匠の言う通りだ。

あけりは、確かに、薫のファンだと言ったけれど……男として憧れるんじゃなく、自転車乗りとして応援してくれてたようだ。

「もともと自転車競技もしてたらしいんで、レースが好きみたいです。師匠のことも好きで応援してるんですわ。……師匠の落車も心配してたそうです。」

「へえ。ガールズ競輪目指してるんけ?」

「いえ。……今は、乗ってないそうです。身体が弱くなったらしくて。」

薫の説明に、泉は妙に納得したらしく、うなずいてから言った。

「美人薄命やな。」

「……勝手に殺さないでください。」

それこそ、縁起でもない。


薫は、ふたたびため息をついた。


スマホをそっと確認したけれど、やはりあけりからの返信はなかった……。