学校には自転車通学も、私服通学も原則的には禁止されている。

しかし聡は表面的な優等生の顔でごまかしながら、ピストレーサー通学を続けている。

一般生徒の登校よりだいぶ早く到着するので、今のところ特に何も言われていない。

……確実に、変人とは思われているが。


ちょうど1年前、聡の父の会社でちょっとした事件が起きた。

週刊誌やニュースにもなったため、東口家は奇異の目で見られることが増えた。

当事者の父は飄々としているし、継母のにほも明るく振る舞っている。

だから、聡も卑屈にはなりたくなかった。


自転車に乗って風を切っていると、頭が真っ白になった。

何もかも忘れられる。

世間の目も、シンガポールの実母と腹違いの弟のことも……継母への淡い思慕も……。




あけりは、写真立ての家族写真……現在の家族写真を見て、尋ねた。

「お母さま……お若いと思ったけれど、水島さんのお友達なんですねえ。じゃあ……えーと……27歳ぐらい?若い!」

……あけりは、そう言ってて、ふと気づいた。

さっきの、お花さんと呼ばれたお手伝いのおばあさんが、若い嫁をもらって幸せそうと言ってたのは、うちのことだけじゃなくて、この家のことも言っていたのだろう。


あけりの言葉にうなずこうとした聡は、目の端で薫がうれしそうな顔になったことに気づいた。

水島さん……デレてる……。

あけりさん、水島さんの年齢まで把握してるんだもんな。

そりゃ、こんな綺麗な女子高生が自分のファンだと言ってくれたら……うれしいよな……。

……そっか。

でも……大丈夫かな。

水島さんって、普通にモテるし、彼女に一途なヒトでもないような気がする。

あけりさんのこと、適当に遊んで捨てる気なら……嫌だな。

どういうつもりか確かめて、いい加減な気持ちなら、止めなきゃ。


聡のなかに変な責任感が芽生えた。


自分の存在が、あけりと薫を引き合わせてしまったのかもしれない……。

笑顔で歓談している2人のはしゃいだ変な空気が、聡には不穏に思えた。




夕方、あけりが帰ったあと、聡は薫に釘を刺した。

「……水島さん、こっそり連絡先渡したりしてへんよね?女子校生に手ぇ出さないでね?師匠が淫行条例で逮捕とか、僕、困るから。」