「若奥さま!お客さまの前で、失礼ですよ!……濱口さん、ええ、存じ上げてますよ。もともと地主さんのお家で、当代さんはカフェのチェーン展開で成功しはったとか。濱口さんのお嬢さまですか。そうですか~。お若いお嫁さんとお子さんをもらわはってお幸せそうやと聞いてますわ。」


……よくご存じですね。

引きつりそうな頬を根性でキープして、あけりはうなずいた。

「母も同じ学区内出身なんですよ。」

母と自分が、どこの馬の骨……と軽んじられないよう、あけりはそう返事した。

出身地によってヒエラルキーを窺い知る昔人間には効果覿面だった。

お花さんと呼ばれるお手伝いさんはあけりを丁重にもてなしてくれた。


当たり前のように、夕食にも誘われたが

「家の者が待っていますので、今日は夕方までには失礼いたします。」

と、辞去した。




「……あけりさん、別人みたい。……箱入りお嬢さま?昔はもっと腕白なイメージやったかも。」

お花さんが急遽わざわざ近くのお菓子屋さんに届けさせた生菓子をクロモジで上品にいただきながら、聡がそう言った。

「病気するとね。親も教師も腫れ物に触るように優しく接してくれるから。……てか、聡くんかて、見た目から別人。わからへんかったもん。」

さもありなん、と、薫がうんうんうなずいた。

「ほんま。自転車乗り始めてちょうど1年……別人やな。聡、真っ白やったのに、今やすっかり、いっぱしのチャリダーや。」

チャリダー……って……。

まさかプロの競輪選手が「チャリダー」なんてテレビ的な言葉を使うと思わなかった。


「てことは、高校に入学してから自転車始めたの?……聡くん、学校どこ?朝、私服……てゆーか、サイクルジャージで西に向かって走ってるよね?自転車部あるの?」

学校でも塾でも、あけりと1位を争うほど成績のよかった聡だ。

偏差値の高い学校に通っているのだろう。

「あるよ。サイクリング部が。……あくまでサイクリングでね、競技には力入れてないから、継母(はは)の友人の水島さんに弟子入りしたんだ。……制服は学校で着てるよ。汗かくから。」

聡は、あけりの想像通り、有名な進学校の男子校に中学の時から通っていた。