『あー、聡くん?僕、僕。しょーり、血を吐いちゃったよ。……軽い肺挫傷だね。』

中沢は飄々と言ったが、聞いていた聡は顔をしかめた。

「気胸ですか!……何か……入院、長引きそうですね……それ……。」

『うん。肋骨の1本や2本、折れてたって、レースに出ちゃえるけどねえ、肺に穴があいちゃったからなあ……ふさがるまで、退院できないし、ローラーも筋トレもお預け。どうせこれから1ヶ月は斡旋停止だったけどさ~。』

……すごいこと言ってる……。

肋骨が折れてても普通に走るのか……。

怖くて、無茶できないな。

でも……ローラーも筋トレも無理じゃ……大変だな。


「それじゃ、泉さん、そのままそこに入院ですか?」

『うん。たぶん、そうだろうね~。しょーり、今、こっちにお気に入りの女の子いるからさ、わざわざ転院しないと思う。とりあえず、明後日?ゴールデンウィークが終わってから、しっかり検査して、手術だね~。』

「……女の子……ですか……。え……でも、奥さん……こっちですよね?」

何も考えずに、当たり前のことを聞いてしまった……。

電話の向こうで、中沢がニヤニヤ笑っている気配がびんびん伝わってきた。

『野暮なこと言っちゃいけないよ~。……まあ、奥さんも楽なんじゃない?たぶん、しょーり、超不機嫌だと思うよ。入院中。……薫くん、かわいそ~。さすがに師匠ほって帰れないだろうしね~。』

「……そういうもんなんすか。……そっかぁ。」

『あ。しょーりのベッド、運ばれてる。レントゲンかな?……じゃあ、またあとで。』

中沢は電話を切ると、泉を追いかけた。


……うーん……だいたい雰囲気はわかったけれど……あけりさんに、報告しづらいな……。

とりあえず、女性関係の話は伏せておこう。


聡は、シートに戻って、競輪のサイトを見た。

師匠の薫がちょうど発走台から飛び出したところだった。

後ろに京都と大阪の選手2人を連れての先行。


昨日の準決勝で薫は4着と惜敗した。

最後は快勝して終わりたかっただろう。

でも、敬愛する師匠の喀血を見てしまった薫は、すっかり動揺していた。

いつもより早いペースで駆けてしまい、関東ラインにあっさりと捲られてしまった。