「もがかなければ大丈夫ってこと?ポタリングとか。」

聡がそう尋ねた。


……そう言えば、優しい、よく気の利く男子だったな……と、あけりは懐かしく思い出した。

同じようなことを、継父の濱口剛志も言ってくれた。

でも、母のあいりが反対した……。



ちなみに「もがく」とは全力で自転車のペダルを回すこと。

そして「ポタリング」は、自転車でぶらぶら散歩することを示す。


「段差がないところなら大丈夫だと思うけど……公道は必ず段差あるし、ね。」

「……じゃあ、バンクでポタリングすればいいわ。……いつでも、おいで。」

薫は、けっこう真面目にそう誘っていた。

下心よりも、あけりを不憫に想っての誘いだった。


あけりは、泣きそうな笑顔を見せた。

「……ありがとうございます。行きたいです。……でも、母が心配するので……。」


本当は、行きたい。

バンクで風を切りたい。

全力で走ることができなくても……全身で風を感じたい……。



あけりの想いは、薫にも、聡にも、しっかりとつたわった。


自転車をこよなく愛する2人にとって、あけりのつらさは他人事ではない。

いつも危険と隣り合わせの世界だ。

実際、薫は、デビュー直後に落車して鎖骨を折り、しばらくレースに出られなかったこともあった。

あの頃の、絶望と焦燥を思い出して、薫はそれ以上何も言えなくなってしまった。






聡の家は、ずいぶんと賑やかだった。

「おかえりなさい!聡くん。薫、いらっしゃーい。……え?彼女?美人!どっちの?」

聡の継母の東口にほが、玄関に迎えに出てきた。

奥の部屋で、生後数ヶ月の赤ちゃんがギャンギャンと大泣きしていた。


「はじめまして。濱口あけりと申します。聡くんとは小学校と塾が同じでした。隣の隣のお町内に住んでます。」

あけりはそうご挨拶して、気まずそうに付け足した。

「……急にお邪魔することになったので、手ぶらで来ちゃいました。ごめんなさい。」

「そんなん!全然いいって!え?聡くんと同級生って、高校1年生でしょ?手ぶらで当たり前よ~。……濱口さん、ね。お花さ~ん、濱口さん。知ってる?」

奥から、年嵩の女性が飛び出してきた。