嘉暎子達とは、店の駐車場で別れた。

薫の車の助手席に、身を沈めると……何だか眠たくなってきた。

身体が弱くなって以来、霜降りの牛肉を食べるとどうにもこうにも眠くなってしまう。

薫は、あけりのとろーんとした瞳がかわいくて、そのまま放置した。

すぐに小さな寝息が聞こえてきた。


……このまま……うちへ連れて帰ってしまいたい。

それって、誘拐?

未成年略取ってやつか?


でも、あけりちゃんって16歳は超えてるんだよなあ。

いつでも結婚できるじゃん。


職業柄多少ずれてる部分はあるものの、倫理的には常識人の薫は、さすがにあけりが高校生の間は将来のことは言い出すつもりはなかった。

しかし、あけりよりさらに1つ歳下の嘉暎子が、院生の志智との結婚を現実的に計画しているのを目の当たりにすると……気が変わってきた。


ハッキリ言って、うらやましい。

親の仕送りと奨学金とバイトで生活している志智くんが結婚する気でいるのだ。

薫だってその気になってくる。


経済的には何の問題もない。

先ほど、嘉暎子に指摘されたのは、半分以上当たっている。

薫は、プロの競輪選手だが、一生働かなくても遊んで暮らせる程度に実家は裕福だ。

もともと地主だったが、祖父の時代に電車が通り、父の代になって近くに大学のキャンパスが引っ越してきた。

水島家の敷地内に駅が新設され、駅前開発が進んだ。

ビルとマンションが林立し、賃貸料だけでもかなりの収入になる。

だが、父も、薫も、遊んで暮らすのは性に合わないらしい。

父は商社マンとしてバリバリ働き、つい先年定年退職となった。

来年は市長選に立候補するらしく、忙しそうだ。

もしあけりちゃんが嫁いでくれたら……選挙運動を手伝わされちまうかな。

……選挙が終わってからのほうがいいか。

高校を卒業するまでに、ちゃんとプロポーズすれば、ちょうどいいかな。

それまでに、あけりちゃんの心を、俺でいっぱいにしないと……な。

アンニュイな表情は、確かに色気すら感じる。

でも、あけりちゃんの心に巣くう男の存在は、やっぱり駆除したい。

もともとあけりちゃんは、俺のファンだと言っていた。

生で競走を観れば、俺にもっと惚れてくれるかもしれない。

マジで、優勝してやる!


……と、その前に、明日出発のダービーだな。

これは……まあ、師匠が一緒だしなあ……。

師匠が気分よく勝ち上がれるように、がんばるしかない……か。


薫は、無意識にため息をついた。