「……体格から、スポーツやってるヒトだとは思いましたが、あくまで趣味か、ジムのインストラクターかと思ったんだけど。……ご実家がすごく裕福で、家賃収入もあって、働かなくてもいいような。……プロの……競輪選手?……競輪?イメージわかない。……けっこう激しいですよね?たぶん。」


あけりは、ちょっと笑ってしまった。

薫を競走から見知ったあけりにとっては、この優しい、少し調子のいい男が、実はすごく熱い魂を持った、義理堅い、クレバーな選手だということは大前提だった。

でも、素の薫が先だと、確かに、競輪選手には見えないかもしれない。

嘉暎子の言うとおり、気楽なスポーツマン風だ。


薫は、頭をかいた。

「……よく言われる。ハングリー精神がないって。……うちの師匠が、ハングリー精神の結晶みたいなヒトだからさ。比較されて、笑われてるよ。」


確かに、似ても似付かない。

競走スタイルも、賞金に対する貪欲さも、……周囲の人間とのつきあいかたも……女性の愛しかたも……。


「へえ。……うん。観てみたい。大垣なら、そんなに遠くないし。……行こうか?」

志智が嘉暎子を誘う。

嘉暎子はあけりを見て首を傾げた。

「え……先輩?……どうしたんですか?」

「……え?」

指摘されたあけりは、驚いて顔を上げた。


「……あ……普通ですね。……泣いてらっしゃるのかと思って。」

あけりが驚いていると、薫が言った。

「うん。わかる。あけりちゃん、さっきまでニコニコしてたと思うと、不意にアンニュイな表情になること、よくあるわ。……最初のうちは、俺の話がおもしろくないんかなって心配になったけど……どうも無意識みたいやし、ミステリアスやな~と思うことにした。」

「……そうなの?……ごめんなさい。」

「いや。退屈してなければ、いいんや。……それと……悩んでるんじゃないといいけどな。」

微妙な言い回しだった。



薫は、うすうす気づいていた。

そんな時、あけりが……自分じゃない、他の男のことを考えているのだろうことを。


……どこの誰だか知らんけど……罪な奴や。

こんなかわいい子の心を、いつまでも独占しやがって……。




あけりは、薫が、あけりの複雑な心を広い心で包み込もうと、忍耐強く待ってくれていることを、改めて知った。

……泣きそう。

イイヒト過ぎるよ……もう……。

心が震えて……疼く……。

一点の曇りもない心で、薫さんを見つめていられたら……どれだけ幸せだろう。

いつか……。