不意に薫の携帯が賑やかに震えた。


「げ。師匠……。ごめん、ちょっと待って。」

薫はあけりにそう断わってから、電話に出た。


『薫け?飲みに行くで。迎えに来て。』

レースの時と同じように、弟子をアシだと思っている師匠の泉勝利に、薫は苦笑い。

「あー、すみません。今、俺、京都なんですわ。」

ただそれだけで、泉はピンときたらしい。

『なんや、女か。かまへん。連れて来いや。』

「いやいやいや。ダメですって。そんな子じゃないですから!絶対無理です!」

珍しく薫は師匠に対して断固拒否した。

鼻白んだらしく、泉の声が素っ気なく冷たくなった。

『あほらし。そんな大事やったら金庫にでもしまっとけや。……まあ、ええわ。京都やな。』

あ……余計なこと言ってしまったかもしれない……。

薫の背中を嫌な汗がつたい落ちた。

「師匠。あの……」

『ほな、祇園で適当に店とっといて。行くわ。帰りは薫の車な。』

それだけ言って、泉は電話を切ってしまった。


薫はマジマジと画面に表示された泉の名前を見つめて、ため息をついた。

……まあ……奈良まで迎えに行かなくてよくなったことを、喜んでおくか……。


「最悪。」

気がついたら、至近距離であけりが薫を睨んでいた。


「あ……。」

余計なことを言ったつもりはなかったが、それでも女の子とデート中だと認めてしまったようなものだったかもしれない……。


「もう。水島さん、素直すぎ。あれじゃ、すぐバレちゃいますよ。」

「……う……面目ない。ちょっと焦ってしまって。……どうしてもさ、師匠には、いっつも、着(ちゃく)も女の子も持って行かれちゃうから……」

最後まで言うことはできなかった。


あけりが目を真っ赤にしてふくれている。

「最低!デリカシーなさすぎっ!」

「わ!ごめん!マジ、ごめん!ちょっと、ねえ、あけりちゃん。ごめんなさいっ!」

「知らん知らん!帰る!」


ドスドスと、柔らかい鹿革のイイ草履で地面を踏みにじるように、あけりは前のめりで進んだ。



さっきまでは着物の所作もとても美しかったのに……。

なんか……なんとなくだけど……師匠に似てるかも。


薫は、あわてて打ち消した。

いやいやいや。

さすがに傍若無人で非道な師匠と重ねたらかわいそうだな。

あけりちゃんは病弱っぽいから大人しい子なのかと思ったら、むしろ激しい気性なのかもしれない。


かわいいなあ……と、薫は見とれた。